神戸市北区道場町。武庫川流域の豊かな自然に囲まれ、古くは宿場町や交通の要衝として栄えたエリアとして、美しい農村風景が残っています。
「大衆園藝団やまとた」は、農業や木工など里山に関わる場や活動、機会をつくるチームとして、2025年10月に道場町に産声を上げました。今回は、代表の山田隆大に、これまでの経緯とやまとたについて話を聞きました。
※記載にある提供している各サービスについては、2026年8月現在のものです。
自然の中で育った少年は、公の立場で農業に関わることに
-幼少期の頃について教えてください。
山田:僕は佐賀県の嬉野市という田舎で生まれ育ちました。川、山、田んぼが遊び場で、特に夏のクワガタ採りは恒例行事で楽しかったですね。

-そんな山田少年は、いつ神戸に?
山田:理系だったものの、人工的なものよりは自然科学的な方が好きかなということと、九州から出てみたくて、神戸大学の農学部に入りました。単位を1つ落としたせいで留年するような学生で、卒業後もフリーターみたいな生活もしていました。在学中に阪神・淡路大震災もあり、神戸に思い入れも出てきたので公務員でも受けてみるかということで調べてみると、神戸市には農業職というのがあるのを知り、採用してもらえました。当時は神戸の農業のことなんて全く知らなかったんですけどね。
-実は公務員だった。
山田:そうなんです、約25年。農業職なので、最初の4年は農業公園(現こうべアグリパーク)で現場仕事もしていたんですよ。試験栽培という名目で珍しい花や野菜を育てたりして、性に合っていたかもしれません。楽しかったですよ。

-神戸市役所時代にしていたことを教えてください。
山田:20年くらい前ですかね、神戸には、市営の市民農園というのが50か所以上あったんですね。当時は市民農園って農協か自治体しか開設できなかったのですが、その頃にルールが変わり民間でもできることになりました。賛否両論の色んな意見がありましたけど、民間でやった方が多様なニーズに応えられるし自由度も高いんじゃないですか、みたいなことを地権者と話し合っていきました。そういった、都市と農村がどうやったらうまくつながるかという仕事は特に印象深いですね。
あと、1つこだわりがあって、毎年新規の予算要求をすることを自分に課していました。要するに、毎年新しいことしようよってことですね。周りの同僚がどう思っていたかは知りませんが(笑)

-今の事業に通ずることや、新規事業マインドも発揮してますね。神戸の農業として、意識していたことはありますか。
山田:一般的に、地域と品目を紐づけてブランディングすると商圏は広がりますよね。”淡路島の玉ねぎ”とか”丹波の黒大豆”とか。神戸の農業は消費地がすぐ近くにあるので、農協が取りまとめて運ばなくても自分で売れるんですよ。つまり、良くも悪くもまとまりにくいですし、農業経営としては少量多品目でやることになります。そうなった時に、”モノ”で特色を出すのは難しいので、”人”にスポットを当てた方がいいんじゃないかなと。
そこで、”EAT LOCAL KOBE”という生産者を数珠つなぎで発信していくようなWEBマガジンをはじめたり、それが都市部でのファーマーズマーケットという形で進化していったりと、顔の見える農業を育てていきたいなと思って色んな取り組みを進めていきました。


自分のアイデアを自分で形にするため、50歳で独立。やまとた誕生。
-そういった取り組みを公の立場から進めていかれましたが、退職されることに。
山田:そうですね。一つ大きかったのは、北区淡河町に住んでいた時に管理させてもらっていた農地が全然管理できていなかったことです。「休耕地の活用!」とか「農業もやってます!」と発信してる割に、自分で全然できていないっていう自己嫌悪がありました。実は、現在やまとたの”のがけ”コースの原型となる、”部活的にみんなで農地を管理する”というコンセプトで役所の仲間と副業の許可まで取りました。でも全然形にできなくて、悔しくて。とにかく時間が欲しかったんです。給料も無くなるけれど、時間を取ったということでしょうか。

-50歳にして、公から民へ。市役所に勤めていた当時からやまとたという構想は練っていたのですか?
山田:農村にどうやって人が滞留していくかについてはずっと考えていました。例えば農家になろうと思ったら、当時は1200時間の研修が必須という高いハードルがありました。新規就農者を増やさなあかんと言いながら、地域も役所も本気で増やそうとしてないのでは?と疑問に思うことが多くて、もうちょっと敷居を下げることが必要ではないかと思っていました。北区では、特に淡河町の様子を見ていて、新規就農者だけでなく移住者や関係人口を受け入れた動きが2015年頃からはじまって、これじゃないかなと思って。入り口のハードルを低くして、やりながら考える形を取ればいいんだと。

-農に関わる人が増えたらいいなということですか?
山田:新規就農者に対して地域や行政や農協って極端に離職を嫌がる傾向がある気がします。新規就農者がまた辞めてもうた!って嘆く人がいますが、それは1分の1で辞めてるだけであって、他の産業ではよくあることですよね。100人来たら、90人辞めても10人残るじゃないですか。100人を受け入れるようにしないといけないし、産業として新陳代謝を受け入れる覚悟が必要と思っています。辞めることは不自然なことじゃないのに、辞めることが目立ってしまう状態が良くないのではと思っていて。なので、まずは農村への関わりしろを増やすことをもっとやりたいんです。市役所時代にそれを副業としてやりきれなかったので、収益性も考えつつ、頭の中でもやもやしてたことを整理して始めたのがやまとたです。

-整理した中で、現在(2026年8月)は3つのコースがあります。
山田:はい、まずは”なりわい”コースです。農村に興味があり、将来は本気で農村への移住や就農、里山での仕事づくりを目指す人に向けた準専門コースとなっています。有機農業の知識や技術、里山林の樹木の知識や活用方法を学び、1年間のカリキュラム修了後は神戸市ネクストファーマーという農地が借りやすくなる資格をもらえます。同じ道場町に”風キャビン農園”という市民農園があり、一緒に研修機関をつくりましょうということで立ち上げました。

-続いて、山田さんの価値観が一番色濃く出ているコース。
山田:そうかもしれません。”のがけ”コースと呼んでいます。就農や移住はまだハードルが高いけれど、農や里山には興味がある人に向けた初心者コースです。農村も、イベントはがんばってやっているんです。田植えとか、黒豆オーナー制度とか。でも僕にとっては、日々の栽培管理に充実した楽しさがあるんですと知ってほしくて。理想としては、来る時間は短くていいので、週2回くらい畑に来てもらって、作物の変化を見てもらいたい。3日前に植えた花が今こうなったなって楽しんでほしいです。
“のがけ”コースの畑は区画に分かれておらず、1面の畑をみんなで管理する形です。ゆくゆくは、僕が知らない作物がいつの間にか植えられてて収穫を迎えていたりとか、Aさんが植えた作物をBさんも管理してて、それをCさんが収穫して持って帰るみたいな関係性が生まれていったら理想ですね。

-最後に、コワーキングスペース利用もついたコースですね。
山田:はい、”くつぬぎ”コースということで、”のがけ”コースと同じ条件で畑や里山も使いつつ、屋内でパソコンや自習、読書ができる内外(うちそと)両立コースです。神鉄道場駅から歩いて7分ほどに、僕たちの”みちとば”という拠点があり、そこを利用することができます。

-農村側から見ると、適切に人が増えてくれたらいいなという願いがありますが、農村に来てくれる人たち側に向けた想いはありますか。
山田:少年時代に野山で遊んでいた感覚を思い出します。野山に行って遊ぶってすごく楽しかったですし、今もキャンプに行ったりアウトドア体験をするようなニーズってあるじゃないですか。そこで止まっているのがもったいなくて、それと同じぐらいの立ち位置で農体験や里山に入り、色んなものを受け取ってくれたらうれしいですね。ぜひ一度、気軽に見学にお越しください。